赤い雨

Vol.6

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6.

 その街道に、モンスターが出ると噂され始めたのは、寒い夏が終わる頃だった。
 追い剥ぎに遭った旅人も何人か居て、人々は用心して山を越える様になっていた。
 商人が街道にさしかかったのは、冬の晴れた日だった。
 春はもう近かったが、街道沿いには、まだ雪が堆く積み重なっていた。
 モンスターと追い剥ぎの噂は聞いていたが、行商を終え、売り上げの大半は、ギルドの経営する銀行に預けてしまったので、用心棒も雇わず、供の丁稚と二人で、身軽に山を越えていた。
 目の前に人影が躍り出るまで、金目の荷物も持っていない二人は、まさか襲われるとは思ってもみなかった。
 追い剥ぎというのは、徒党を組んで行商の荷物を狙う山賊が主で、一人でやって来るバカなんて、聞いた事がなかったのだ。
 ぼろぼろの身形をした、見た事もない種族の男だった。
 怯えていなければ、顔立ちにも声にも、まだ幼さが残っている事を見抜けただろうが、二人の視線は、両手に握られた大振りのナイフに、釘付けになっていた。
「金を出せ。食い物もだ」
 商人は金持ちで、差し出して惜しい程の物は持っていなかったし、たとえ大金でも、命さえ残っていれば、また、いくらでも稼げるという考えの持ち主だった。
 ためらわず、荷物を差し出した。
 追い剥ぎは、ナイフを片手に荷物を物色し、金と食料をより分けた。
 レイだった。
 あれから山に逃げ込み、出会い頭のモンスターを食い殺し、暴れ回る内に、自在に変身出来る様になっていた。
 ただ、一度大虎になってしまうと、自分でも制御が効かないので、こうして街道まで逃れて、旅人から金品を巻き上げて暮らしていたのだ。
「えーと、食い物は半分でいいや。麓の村まで一日かかるからな」
 荷物を返すと、商人は意外な顔をしたが、あわてて拾い上げ、逃げる様に走り去った。
「待て」
 商人は待たなかったが、追い付くのは容易かった。
「お前らだ、待てコラぁ」
「い…命だけは…」
 大して脅してないのに、商人は命乞いした。
「お前ら、東から来たな」
 商人はうなずいた。丁稚は、商人にしがみついて、がたがた震えていた。
「山崩れで埋まってたはずだろ。もう、通れるのか?」
 二人は、必死でうなずいた。
「せ…先月から…」
 ナイフで脅しただけで、大の大人がここまで怯える理由が、分からなかった。
 子供は、背筋を伸ばしてため息をつき、そして、自分がもう、子供には見えない事に気が付いた。
 決して小柄ではない商人と、自分の目線は、同じ高さにあった。
 丁稚は自分より年下で、今にも泣き出しそうだった。
「まいったね…」
 ぽりぽり頭を掻いて、ため息をついた。
「もう、行っていいぞ」
 商人達は、大急ぎで走り去った。
 あんなに行きたかった場所に、自由に行き来出来る様になったのに、大して嬉しくなかった。
 もう、どうでもいい事の様に思われたが、他にやるべき事も、思い当たらなかった。
 大きく伸びをして、商人から巻き上げた物を拾い上げ、遠くの山を見やった。
「は、ゆかいだね」
 短くつぶやくと少年は、東に向かって、歩き始めた。

《終わり》