Vol.3
3.
村へ出て行って、女の子に聞いた話を、そのまま伝えると、空豆の畑から、雑草を抜く仕事と、たい肥の山をかき混ぜる仕事を言いつけられた。
空豆畑はともかく、たい肥の山をかき混ぜるのは、力持ちの虎人でも、子供には重労働だった。
夕方に、何人か大人が来て、パンと、小さい鍋に入ったシチューをくれた。
牛小屋の横の納屋に、寝床を作ってあるが、火を使うなら、危ないので、少し離れた場所にしろと言われた。
「おれは、木の上の方が落ち着くので、雨の日以外は、そっちで寝ます」
自分の希望を、率直に言うと、大人達はうなずいて、鍋には明日も食べ物を入れておくので、洗って置いておく様にと言われた。子供は、予想外によく働いた。
泥棒なんかしているから、すぐにさぼって逃げ出したりするのではと思われていたのだが、与えられた仕事は、きっちりこなしたし、物覚えも早かった。
ただ、世話をしているニワトリ小屋から、たまごを盗って、ゆでておやつにしてしまったり、畑から、勝手に果物をもいで食べてしまうのには、困った。
それが悪い事だとも、思っていない様子だった。
仕事を言いつけ始めて、しばらくして、村の大人達は、子供がとても器用なのに気が付いた。
年寄りの横に座って、世間話を聞いている間に、見よう見真似で、縄や草履を編んでしまったり、女達が集まって、古着を仕立て直している所へ上がり込んで、縫い物のやり方を質問していたと思ったら、かぎ裂きだらけになった自分の服を、その場で脱いで、針と糸を借りて、つくろってしまった。
ためしに大工仕事を手伝わせると、大人の体重では、上がると危ない様な屋根の上に、梯子もなしに登って、穴を塞いでしまった。
「お前は、百姓より職人になる方がいいかもな」
村の人達は、言った。
「大きな街に行く事があったら、親方を見つけて、弟子入りするといいよ。
修行は厳しいが、食いっぱぐれはないからな」
「この近所には、大きな街はあるの?」
聞いてみたが、ここから一番近いのは、この間まで捕まっていた商都だった。
あそこには、二度と行きたくなかった。
「他の街は?」
「ここからに六日程歩いた場所に、炭坑夫の集まる町があるがな・・・この村の男達も、何人か出稼ぎに行っているよ。あとは、ずっと遠くに、ウインディアの城下町があるよ。この国で、一番大きな街だな」
「へぇ・・・」
いつか、そんな街へ行って、泥棒なんかしなくても、毎日ちゃんとごはんが食べられて、皆んなと同じに、普通の家に住める様になったら、いいだろうなと思った。
普通の家に、一人で住むのも変だから、嫁さんとか居た方がいいだろう。
丘の向こうの家の兄ちゃんも、嫁をもらって、川下の納屋だった場所をつぶして(実は、子供が村に来て、寝込んでいた納屋だった)家を建てるって言ってたしな・・・。
子供も何人か居た方が、いいだろう。
そしたら、もう、おれは孤児じゃない。だって、自分の家族が居るんだし・・・。
・・・でも、皆んなで捕まって、また、売られそうになってしまったら、どうしたらいいんだろう。
自分の両親が、地名もない様な山奥に住んでいたのは、そのせいだったのだろうか・・・。
母ちゃんは、鬼の様に強かったが、今になって思えば、父ちゃんも、世間の常識で言えば、すごく強かった。だから、悪い奴に捕まるはずはないから、おれや兄ちゃんや姉ちゃんが、変な人買いに連れて行かれない様に、山奥に住んでいたんだ。
「でも、そんな生活は、悲しいなぁ」
「え?どんな生活?」
干した豆から、ゴミとくず豆を取り除く作業は、終わってしまった。
おれは、大きくなったらもうちょっと強くなるだろうし、後は、他の身内が虎人でなければいいのだ。
「なんだ、簡単じゃん。あんまり珍しくない、他の種族の女と結婚すればいいんだ。子供はもう、虎人じゃないし・・・な」
「もう、そんな将来の事、考えてるの?偉いんだか、変な奴なんだか」
一緒に、豆の選別をしていた少年は、つぶやいた。
「世の中、早い者勝ちなんだよ。ところで、あの、医者のおっさんの所に居る女は、何て名前?」
「手が早い割には、女の趣味が良くないなぁ」大人が見に来た時、豆の選別を任せていた子供二人は、取っ組み合いのケンカをしていた。
「お前、何あんな不細工で変な、鉄道マニアの女に、入れあげてるんだよ」
「あの娘は、不細工じゃないし、鉄道マニアってかっこいいぞ」
「せっかく分けた豆が、元通りだ、バカども」
様子を見に来た青年は、二人を均等にぶんなぐって、仕事を続けさせた。
「終わったら、ジミーは家に帰れ。お袋さんが、洗濯と水汲みが終わったら、算術の予習をしておけと言ってた。
レイは、薪をまとめて積み終わったら、キャリーの家の子守りだ。おやつにパンケーキをくれるそうだから、さっさと行け」
「お互い、売れっ子だな」
嫌みを言ったら、ジミーは切り返した。
「トレードするか?」
「遠慮しとくよ。算数と小言より、子守りとパンケーキの方が、いいからな」
「ちぇ」
ジミーが帰って行くのを見送ってから、子供は肩を落とした。
「家に帰れるんだったら、一ヶ月くらい小言を言われても、平気なんだけどなぁ・・・」
自分が、どこから来たのか思い出せないのが、悲しかった。
青年は、気を落とすなと言って、女の子の住所を教えてくれた。
その晩、子守りの仕事が終わってから、教えられた家へ行って見た。
思っていたより、立派な家で、窓の内側には、暖かい灯りが点っていた。
家の中には、初めて見る、彼女の伯父さんらしい男が居て、机の前で、何かの薬を調合しているらしかった。
女の子が、お茶とお菓子を運んで来て、おじさん、少しお休みしよう・・・と言った。
伯父さんは、上の空で、ああ、そこに置いておいてくれ・・・と、答えた。
女の子は、少しがっかりした様子だったが、自分の部屋に戻って、本を読み始めた。
ひどい伯父さんだなぁ・・・と、思って、少しの間見ていたら、伯父さんが、女の子の部屋に来た。
「私はねぇ・・・」と、伯父さんは言った。
「姉さん達を死なせてしまった鉄道は、好きじゃないけど、君は、自分のやりたい道を進めばいいんだよ」
いい奴じゃん・・・。
オジサンと呼ぶには、少し若いその医者を、ちょっとだけ好きになった。大旦那は、教養も財産もあって、心根の優しい人だったので、村に迷い込んで来た子供の泥棒を、本気で更正させようと思っていた。
そのまま、何事もなく月日が流れていれば、子供はその村で大きくなって、農夫か大工にでもなっていただろう。
翌朝、また、子守りの仕事と、ついでに畑の草取りを言いつけられた子供は、赤ん坊を背負って、三歳になる赤ん坊の兄の手を引いて、畑の草をむしっていた。
年下の子供の面倒を見るのは、別に、苦にならなかった。
自分の兄や姉が、こうやって面倒をみてくれていた記憶が、かすかに、まだ在った。
末っ子だったし、今は身寄りもないので、兄ちゃんと言われて頼られると、悪い気はしなかった。
あぜ道を、あの女の子が、足早に森へ向かって歩いて行くのを見つけて、子供は大急ぎで立ち上がって、手を振った。
女の子は、立ち止まって、こっちを見たけれど、相変わらず笑わなかった。
「どこ行くの」
「森に、薬草取りに」
彼女の伯父が、医者よりも薬剤師の仕事が主で、薬の材料がたくさん取れる山があるので、こんな田舎に住んでいるという話は、お守りをしている子供らの母親から、今朝聞いた。
「あぶねーぞ。昼から閑だから、一緒に行ってやろうか?」
「平気よ。あたし、魔法使えるし」
「すげーな、おれと同い年くらいなのに」
「あんた、何才なの」
自分の年は、正確には知らなかった。
親とはぐれたのが、五才くらいの頃だったので、今はたぶん、十一、二才だろう。
「うーん、十三か四くらいかな」
頼れる男の子という感じに見られたかったので、少し多めに言って見た。
「へぇ、十四才だったら、いっこ上なんだ。背も高いしね」
ろくな物を食っていないのに、背丈だけは、どんどん伸びて、たいがいの同い年くらいの子供より、大きかった。
種族の特性なのか、個人的な遺伝なのかは、分からなかった。
「おう、頼れる兄貴って感じかな・・・」
「でも、それ、かっこ悪い」
二人もの子供の面倒を見て、おまけに畑仕事までしている、けっこうかっこいい所を見せたつもりだったのに、女の子は、肩をすくめて、そう言った。
「ええっ!何が?草のむしり方とかが?」
この間から、友達になったジミーが通りかかったので、一応聞いて見た。
「そりゃ、お前。赤ん坊おんぶして、草をむしってる男の、どこがかっこいいんだか・・・」
「一生懸命働いてる姿に、感動してくれると思ったのに、な」
「お前の感性って、特殊だよ」
ジミーとは、またケンカして、大人に怒られたけれど、昼過ぎに子供達を母親に返したので、その日はそれで、閑になった。
女の子の事が、気になったので、久しぶりに森に入る事にした。街道沿いから、少し入った場所に作ったねぐらより、深い所に入るのは、初めてだった。
森の中に居ると、落ち着いた。
たぶん、生まれ育った場所と似ているからだろう。
それでも、森の中が危険なのは、良く知っていたので、普段、村の中では持ち歩かない大振りのナイフを二本、ねぐらから取って来ていた。
こういう物を持っていないと、生きて行けない様な場所で、暮らしていた事もあったが、最近は、焚き付けの木の枝を切ったり、捕まえた山鳩をさばいたり、単なる道具として使っていた。
森の中を、嗅覚と足跡を頼りに、二、三十分歩いて、女の子を見つけた。
途中で会ったモンスターは、出会い頭に逃げ出す様な、弱い奴ばかりで、女の子一人で、森に入ったのも、うなずけた。
・・・とは言っても、パムとかリリフが使える位だろうけど・・・と、一人で勝手に想像した。
今、木の上からいきなり飛び降りたら、きっとびっくりするだろう。
それはそれで、面白そうだったが、いきなり泣き出したりしたら、こっちが困るので、声をかけてから、降りようと思った。
木の枝をつかんで、身を乗り出し、積もった落ち葉をさくさく踏みながら、下を歩いていた女の子に、声をかけようとして、止まった。
ものすごく嫌な感じがした。
女の子が歩いている、丁度左側の方は、立木が途切れて、低木の茂みと、獣道になっていた。
その辺りから、身を刺す様なやばい雰囲気と、強烈な獣の臭いが、流れ出して来ていた。
体が、凍りついた。
茂みの向こうに、青い毛皮の、熊の様なモンスターが居た。
そっと遠ざかれば、やり過ごせる雰囲気ではなかった。
明らかに、気が立っていて、見つけた者は、攻撃して来る状態だ。
女の子が、屈み込んでシダの葉を物色し始めたのを見て、血の気が引いた。
あの臭いが、分かんないのか!
恐ろしくて、声が出せなかったし、出していたら、きっと女の子はその場で殺されていただろう。
自分には、絶対勝てない相手に会ったら、逃げるしかない。
今までも、そうやって生き残って来た。
でも、あの子を見捨てて、逃げる事は出来なかった。
距離を目測し、木から飛び降りて、女の子を抱えて今の場所まで登る時間を計算した。素早さには自信はあったが、女の子が状況を理解していなくて、抵抗すれば、二人とも殺されるだろう。
その時、茂みの中で、ふいにモンスターが立ち上がった。
大人の背丈の、二倍はある大きさだった。長いカギ爪が、妙に鮮烈に、視界に飛び込んだ。
もう、だめだ!
女の子は、モンスターを見た。
悲鳴もあげないで、あの、ちょっと怒った様な表情で、薬草の入ったかごを投げ捨て、韻を踏んだ。
魔力が集まる時の光が、森を照らした。
「レイギル!」
こんな、上級魔法を見るのは、久振りだったし、子供が使うのは、初めて見た。
モンスターは、一瞬ひるんだが、これで倒せる相手なら、体が凍りつく程、怖いとは思わないはずだ。
手足ががくがくして、自分の物ではない様な感じだった。
ナイフを抜いて、女の子の横に、飛び降りた。どうして、そんな行動に出たのか、自分でも分からない。
「もう一回魔法だ!後はおれが何とかする」
「ごめん、APもう無い」
女の子は、すごい事を、平然と言った。
「どーして、そういう事、冷静に言うの?」
モンスターが、こちらへ向かって来た。
最初の一撃で、女の子は気を失い、その後の事は、あまりはっきりとは、記憶していなかった。気が付いたら、木の上に居た。
小脇に女の子を抱えていて、ちょっと腕がしびれていた。
モンスターは、上がって来ようとしていたが、木の枝が体重を支えきれないのと、怪我をしているのとで、じっとしていると、諦めて帰って行った。
もうAPが無いと言ってたけど、きっと、最後に残っていた力で、敵を足止めするか、攻撃するかして、時間を稼いでくれたのだろう。
「すげーや、子供なのにあんな魔法使えるなんて」
もうちょっと、安定のいい枝まで降りて、女の子を楽な姿勢で寝かせた。
見た目には、ひどい怪我はしていない。
「おおい、大丈夫か」
女の子は、少しすると目を覚まして、背中と右足が痛いと言った。
「歩けないなら、おぶってやるよ。早く村に戻ろう」
「待って、すぐに動いたら、危ないわ。あいつが戻って来るかも知れないし、仲間が近くに居たら、本当に助からないわよ」
「・・・あ、そうか。その方がいいよな」
自分の方が、場数も修羅場もくぐって来ているのに、女の子の方が、冷静なのが不思議だった。
すごい魔法も使えるし、きっと余裕なんだろう。
「ねぇ、どうして裸?」
足に薬草を貼っていた女の子は、急に聞いた。
「えっ?」
言われるまで気が付かなかったが、服が無くなっていた。
元々、大して着込んではいなかったのだが、パンツまで無くなっている。
「本当だ、どうしてだろう」
辺りを見回すと、少し離れた場所に、ぼろぼろになった服が、散らばっていた。
その辺りは、立木や草がなぎ倒され、モンスターが暴れ回った跡の様だった。
「ああ、逃げる時、あいつの爪か何んかで、引っかけられたんだな」
「そう・・・。怪我はしてない?」
あちこち点検したが、痛い所はなかった。
「平気みたいだ」
女の子は、ポケットから出しかけていた、二個目の薬草を、仕舞った。
「運が良かったね。服はあんなにぼろぼろなのに」
「うん」
「あの服、もう着れないね」
「平気だよ。おれ、毛深いから、寒くないもん」
女の子は、ちょっと考えて、言った。
「あんた、名前は?」
「レイ」
「ふうん、あたしはケリー」
そう言えば、今まで名前も知らなかった。
女の子は、木の枝に座り直して、こっちを向いて、真顔で言った。
「助けてくれて、ありがとう」
《つづく》