Vol.4
4.
村に帰るまで、色んな話をした。
女の子の両親が作っていた鉄道と、別の機械技師が作っていた機関車の話とか、機関車が、どんなに速く走ったかとか・・・そして、鉄道を引く為に切り開いた場所の地盤がゆるんで、山崩れに巻き込まれた事とか。
女の子は、その頃もっと小さくて、おかげで瓦礫の下から、無事に助け出された事とか。
子供も、少し自分の事を話した。
狩りに連れて行ってもらって、父親とはぐれて、孤児になってしまった事や、高く売れるらしいので、あちこちで捕まった事。ずっと、泥棒をして、生計を立てていた事。
「そうか、伯父さんは、お前の母ちゃんの弟だから、鉄道嫌いなんだな」
「うん」
ぼろぼろになった服を拾って、破れたズボン(半ズボンになってしまっていた)だけはいて、足を挫いた女の子をおぶって、村へ戻って行った。
「でも、大変な事になったね」
女の子は、言った。
「うん、怖かったな」
「もう、森の中で寝るの、やめた方がいいよ」
「そうするよ」
牛小屋に作ってもらった寝床は、全然使ってなかったけど、まだあるかな・・・と、思った。
「大丈夫?疲れてない?少しなら歩けるよ」
女の子は、見かけより軽くて、険しい山道を背負って歩いていても、全然苦にならなかった。
「大丈夫さ。お前、年上なのに軽いなぁ」
「え・・・レイがいっこ上だったんじゃないの?」
「そう言えば、そうだったねぇ」
ごまかす為に、ちょっと走って森を抜けたが、伯父さんの家まで着いた時には、もう、辺りが暗くなりかけていた。伯父さんは、心配して女の子の帰りを待っていたらしく、戸口を開けると、すぐに奥の部屋から飛び出して来た。
女の子が、早口で事情を説明すると、伯父さんは、子供の肩を抱いて、何度もお礼を言った。
他人から、こんなに感謝されたのは、初めてだった。
すぐに出て行くつもりだったけれど、晩御飯を食べて行きなさいと言われて、お腹が空いていたので、そうした。
女の子は、足に湿布と包帯を巻いてもらったら、だいぶ良くなったらしくて、伯父さんと二人で、夕食の支度をした。
もう何年も、テーブルに着いてごはんを食べた事がなかったので、緊張したけれど、食後に甘い果物を乗せたお菓子をもらって、とても嬉しかった。
伯父さんは、ぼろぼろになった服の代わりを、納戸の奥から出して来てくれた。
「古着だし、大人の服だから、サイズも合わなくて、悪いんだけど・・・子供の服は、女の子のしか、ないからね」
もらったのは、頑丈な生地の作業着で、裾を折り返して、ベルトを締めると、何とか着られた。
ポケットが、何個も付いていて、便利そうだった。
「ねぇ伯父さん、今晩はもう遅いから、レイを泊めてあげてかまわない?いつも森の中で寝てるから、危ないでしょう」
伯父さんは、少し考えてから、ああ、いいよと言った。
居心地の良さそうな家だった。
本と薬草の匂いがするけれど、暖かくて夜露も風も当たらなくて、暖炉の火を見ていると、何んだか安心した。
でも、ずっとここに居られる訳じゃ、ないんだ・・・。
「いいよ、寝る所はちゃんとあるけど、森の中の方が好きだから、あっちで寝てただけなんだ」
伯父さんは、少しほっとしていた様に見えたけど、こう言ってくれた。
「そうかい・・・。でも、人が住んでいる家が、近くにある場所で寝泊まりした方が、いいよ」
「うん、そうする」
「何か、困った事があったら、家に来なさい」
家を出て、寝床を作っておいたと言われた牛小屋の横の納屋に行って見た。
寝床を作ってくれていた形跡はあるのだが、ほとんど使ってなかったので、藁や干し草の山で、埋まってしまっていた。
干し草の山の上まで登って、横になると、それはそれで、けっこう寝心地が良くて、すぐに眠ってしまった。翌朝、仕事をもらいに出て行くと、村の人達は、皆んな深刻な顔をしていた。
「皆んなどうしたの?おれ、何んかする事ある?」
「ああ、お前昨日は大変な目に遭ったそうだな。今日から西の畑の刈り入れだ。人手が足りんから、お前も大人並みに働いてもらわんとな・・・。
朝飯は、畑の横で女達が炊き出ししてるから、そこでもらえ」
「なんで、手が足りないの?おっちゃん達は、畑に行かないのか」
村の、主な働き手の男達が、武器や防具を着けて、一カ所に集まっていた。
「昨日、お前と先生所のお嬢さんを襲った奴は、普通だったら、この辺に下りて来る種類のモンスターじゃ、ねぇんだよ」
「そうだろうね。あんな強い奴、余所でも見たことないもん」
思い出すと、ちょっと怖くなった。
「一匹だけ、はぐれて下りて来ているなら、いいんだが・・・」
「いっぱい居たら、危ないね」
「危ないだけで、済んだらいいんだけどな」
男達は、手に手に武器を持って、山へ行ってしまったので、子供は、言われた通り畑に行って、朝ご飯をもらって、刈り入れを手伝った。
「あたしも、ばあちゃんに聞いたんだけどねぇ」
ジャガイモと挽肉とタマネギに、トマトを入れた煮物を、平たく焼いたパンに挟んで、皆んなに配っていたおばちゃんは、言った。
「ああいう、この辺には居ないモンスターが、何匹も里に下りて来ると、次の年は、ひどい飢饉になるって話だよ」
「ふうん・・・おばちゃん、おかわりもらっていい?」
「あんた、子供の割にはよく働くけど、いっぱい食べるねぇ」
呆れられたけれど、おかわりは簡単にもらえた。
「育ち盛りだからね」
手の平についたパンくずと煮汁まで、全部なめてしまってから、仕事にかかった。
「カマ、余ってるなら刈るけど?」
「そうだね、子供にカマなんか持たせたら、危ないけど、あんたなら上手にやるだろうね。そっちの畑二つ刈ったら、運ぶ方に廻っておくれ」
夕暮れまで働いて、すごく疲れたけれど、昼御飯も晩御飯も、たっぷり食べさせてもらえたし、働き者だと誉められた。
ずっと、刈り入れ時だといいと思った。
でも、いい事は長く続かないのは、知っていた。
冬の農村なんかには、大して仕事もないし、泥棒に戻ったら、折角仲良くなった人達に、また嫌われる。
それに、あんなモンスターが出て、森にも入れないんじゃ、危なくて、食べ物も探しに行けない。
農繁期が終わったら、村を出ようと思った。
村の人が言っていた、炭坑夫の町まで行けば、季節に関係なく仕事があるだろうし、だめでも、泥棒をして、お金や食べ物を貯めて、次の場所まで行ける。
とりあえず、一生懸命働いて、たっぷり食べて、装備を調えておく事にした。
その日は、もらった作業着に、しっぽの穴をあけて、寝た。その冬、大旦那が、子供の面倒を見ると言い出さなければ、子供はさっさと余所の土地に行っていただろうし、あんな事件も起こらなかった。
それでも、子供にとって幸運だったのは、大旦那の屋敷で、下働きをさせてもらって、ある程度の読み書きや、学問を習えた事だ。
子供は、大旦那の屋敷でも、よく働いたし、言いつけられなくても、色々な仕事を片づけて、気の利いた子供だと言われた。
大旦那は年寄りで、杖を使わないと歩けなかったが、日に一回は、部屋を出て、使用人達に声をかけたり、村の人達の話を聞いたりした。
子供は、一度だけ大旦那と話をした。
庭で、豆のさやをむいていたら、急に後ろから声をかけられたのだ。
「そうかい、坊やがオタフク風邪で寝込んでいた子かい」
「そんなの、とっくの昔に治ったよ」
老人は、中庭のベンチに腰掛けて、一息ついた。
「坊やには昔でも、年寄りには、ほんのちょっと前なんじゃよ」
老人が疲れている様子なので、子供は、豆を剥くのを止めて、立ち上がった。
「大丈夫か?爺ちゃん。誰か呼ぶ?」
「大丈夫じゃよ・・・」
子供はそれで、豆を剥く仕事に戻ったが、老人は言った。
「坊やは、虎人だな・・・」
子供が、ちょっとこわばったので、老人は、今まで子供が、どんな風に扱われて来たか、分かった。
「別に、そんな事は、秘密にしておいても、いいんだよ」
「うん、実は秘密なんだ」
「じゃあ、二人の秘密だな」
「へへ・・・」
子供は,ちょっと照れて笑った。
「だが,自分の種族には,誇りを持ちなさい。たとえ,秘密でも・・・な」
老人の言いたい事が,子供にはあまり理解出来なくて,きょとんとした表情をして、少ししてから頷いた。
しばらく、二人で何んでもない話をして、メイドが迎えに来たので、老人は、部屋に戻った。
子供は、豆を少しつまみ食いしていたが、生豆なんか、あまり美味しくもないので、すぐに仕事に戻った。翌年の春は、中々暖かくならなかった。
雨が降り続いて、蒔いた種は、苗になる前に、流されてしまった。
東行きの街道が、鉄砲水で山崩れを起こして、埋まったと聞いた。
ここから行ける、近くの町は、あの商都だけになってしまった。
二度目だか、三度目だかの種まきを手伝いながら、ついてないや・・・と、子供は思った。
雨の中での畑仕事は、寒くて辛かったが、自分より年下の子供達も、畑に出て親の手伝いをしていたので、文句は言えなかった。
あいつらは、おれみたいに、毛皮がある訳でもないしな・・・と、子供は自分に言い聞かせた。
一月半も遅れて、やっと春めいた気候になって来た頃、大旦那が死んだ。
特に何かの病気だった訳ではないが、年寄りだったので、嫌な気候が続いて、弱っていたのだ。
村の人達は、仕事に追われていたけれど、ほとんど全員が、葬儀に参加した。
あのじいちゃんは、皆に好かれていたんだな・・・と、思った。
知り合いが死んだのは、初めてだったので、少し悲しかった。老人の後を継いだのは、彼の孫で、あまり、評判の芳しくない男だった。
大旦那の跡取りは、彼しか居ないという話で、葬儀から一日遅れて駆けつけて来た時には、色々な事をてきぱきと取り仕切って、有能な青年に見えたものだ。
何日かすると、青年は、今までの仕事仲間だと称して、少し柄の悪い連中を、屋敷に呼び寄せ始めた。
何人かの着飾った女達も、一緒にやって来て、村の中は、何だか少しずつ、変わり始めていた。「あ、若旦那だ・・・」
ジミーが言ったので、子供も顔を上げた。
遠くの街道を、若旦那と村の顔役達が、何か話しながら歩いていた。
後ろから、若旦那が連れて来た男達が二人と、きれいな女がひとり、付いて来ている。
あんまり、楽しい話をしている様子ではなかった。
「かっこいいな、若旦那は。都会っぽい洒落た服着て、あんなきれいな恋人連れてさ」
確かに、背の高いハンサムな青年で、服の趣味も洒落ているのだが、どう見たって堅気ではなかった。
「バカだなぁ、お前。あれ、恋人なんかじゃないぞ。どっかで買って来た娼婦だよ。連れてる奴だって、どう見てもヤクザだぞ」
「娼婦って、なに」
あんまり無邪気に聞かれたので、子供は返事に困った。
自分では、女をどうこうする年でもないが、たいがいの事は、見聞きして、知っていたからだ。
「子供は知らなくていいんだよ、そんな事」
「お前だって、子供じゃん」
「・・・それは、そうだけど」
別に、知りたくて知ってる訳じゃなかった。
あの手のお姉さん達は、気の毒な身の上の人が多いせいか、身寄りのないこそ泥に、たまに気まぐれで、ごはんを食べさせてくれたりするのだ。
えっちな冗談を言われたり、お客が居る間、天井裏や戸棚に隠れていないといけなかったりしたが、おおむね皆、いい人だった。
ただ、お客とやってる事は、あんまり楽しそうでもなかった。
大人になったら、ああいうのも楽しくなるんだろうか・・・。
若旦那と顔役の話は、どうやら折り合いが付かなかった様子だった。
顔役達は、何か言って、若旦那に詰め寄っていたが、後ろに居たヤクザ風の男達が、間に割って入ると、引き下がった。
それでも、何か懇願している風に見えたが、あきらめたらしく、引き下がって、うなだれたまま、帰って行った。
子供達は、そんな様子をしばらく見ていたが、夕方までに終わらせる様に言われていたので、畑仕事に戻った。
「今年の麦は、あんまり出来が良くないよ。
おれ、今まで、こんなひでぇの、見た事ない」
仕事をしながら、ジミーは、そんな事をこぼした。
子供には、判別出来なかったが、世間知らずの田舎の子供でも、農業ではずっとベテランの彼が言うのだから、たぶんひどいんだろうな・・・と、思った。
仕事が終わると、いつもの様に食べ物をもらったが、去年より心持ち、もらいが少ない気がした。
それでも、飢えて困る程でもないので、文句は言わずに、閑な時間は、森で食べ物を探した。
大した物は捕れなかったし、去年より嫌なモンスターが増えている気がした。あの、怖いモンスターが、また出て、今度は、山に猟に出た男達が襲われたという話を聞いた。
ケリーの伯父さんは、怪我人の手当に忙しいらしくて、手伝いをしているケリーとも、しばらく会えなかった。
何日か経って、ひさしぶりに会った時、彼女は少し、疲れた顔をしていた。
「元気だった?」と、聞くと、
「まあね」と、答えた。
別に話をするでもなく、二人はしばらく並んで、ぼんやり景色を見ていた。
「ウィンディアに、帰るんだって」
ずいぶん経ってから、ふいにケリーは、話した。
「え・・・?」
彼女が、何の話を始めたのか、子供には一瞬、分からなかった。
「伯父さん、薬草も採れないし、ここに居てもしょうがないって。
ウィンディアに戻って、お師匠がやってる病院の手伝いするんだって」
「ふうん・・・」
うなずいて、それからまた、少しの間二人は、黙り込んだ。
「お前も、一緒に行くのか?」
今度は、子供の方から話した。
「うん。伯父さんは、あたしの親代わりだしね」
何だか少し、辛い気持ちになったが、何が辛いのか、子供には自分でも、分からなかった。
「じゃあ、もう会えなくなるな」
「今すぐって訳じゃないのよ。
怪我した人達を、放って行く訳にはいかないし、東の街道は、まだ通れないし・・・ね」
少しほっとしたけれど、やっぱり悲しかった。
夕暮れまで、二人はぼんやりと、山の向こうに沈んでいく夕日をながめながら、座っていた。
女の子が家に戻ってから、子供は村を一回りしたが、誰も仕事を言いつけてくれなかったので、早々に牛小屋に帰って、寝る事にした。
中々寝付かれなくて、ナイフを研いだり、天窓から星をながめたりした。
街道が通ったら、自分もたぶん、ここを出て行くだろうけど、ケリーとは、きっともう、同じ町では暮らせないだろう。
悲しくて、少し涙が出た。