第八章 山の生活 1. 2. 3. 4. 5.
第九章 北帰行  
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第九章 北帰行-1-

 「お金が全然ないんです、サガ」
アレクは、断言した。
聖域からの仕送りは、途中で誰かに横領されたり、バイカラの町に、不審な人間を見張る軍人が徘徊したりして、確かに、送金された金を、受け取るのはむつかしくなっていた。
「そうだな。まぁ、貧乏だけど、清く正しく生きよう」
「だりゃ〜」
アレクは、お膳をひっくり返した。
「僕が言いたいのは、貧乏だから、お金が少ししかないとか、そういう生ぬるい話じゃないんです」
「では、どういう…」
金を入れていた、お茶の木箱を、アレクは逆さにして振った。
箱の中から、この国の貨幣価値でも、あめ玉一個か二個しか買えない小銭が、一枚出て来て、土間に落ちた。
「これで全部なの?」
「そう」
「いやー、清々しい貧乏だな。わしの実家でも、ここまでひどくはなかったぞ」
「何笑ってんですか。お米も豆も麦も、全部食べてしまったし、玉ねぎも、あと四つしか残ってないんです。
裏の畑で作ってる菜っぱだけじゃ、まじで倒れますよ」
「うーむ」
育ち盛りの子供に、そんな食生活をさせる訳にはいかない。大体、修行だけで、通常の生活の何倍ものカロリーを消費しているのだから、ちゃんと栄養を取らないと、死んでしまう。
ここへ来てから、もう、四年と半年が過ぎていたが、アレクの修行は、思った以上にうまく行っていた。
自分の身に付けた力に、振り回される状態ではあったが、聖闘士としては、もう、十分に通用するだろう。力に振り回されているのは、それだけ、小宇宙の力が強力なせいだ。
聖衣を着ければ、ある程度は制御出来るし、技は荒削りだが、生まれつきのせこい駆け引きで、歴戦の聖闘士顔負けの戦術を繰り出して来る事もある。
あと少し、封印の聖闘士に必要な、次元を切り張りする力のコントロールが正確ではないので、修行を終わりにするのに、二の足を踏んでいた。
「仕方がないなぁ。銀行から、お金を出そう」
「先週も、そう言って山を下りたけど、町中軍事警察と公安だらけで、身動き取れないから、帰って来たんでしょう」
アレクの父親が射殺された時、革命を起こした人間は、確かに崇高な理想が在ったのだろうが、現在のこの国は、軍が取り仕切る、言論の自由も何もない国家だった。
それでも、トップの人間が腐っていなければ、いい方向に向いただろうが、革命後就任したガラット大統領が失脚してからは、どうも、たちの良くない人々が、この国を牛耳っているらしかった。
パクチィの様な、反政府の勢力にも、王党派と、民主政権を目指しているグループがあるらしくて、共同戦線を張れないのが、弱点だった。
「分かっているとも。今回は、そんな生ぬるい事はせん。問答無用で、金はもらう」
「銀行強盗は、ちょっと…」
「人聞きの悪い事を言うな」
私は、諭した。
「ただ、ちょっと、誰にも見られない様に、黙ってこっそり、お金を引き出そうと思っているだけじゃないか」
「それを世間では、強盗と云うんです」
「何んだとぅ。あれは、聖域から、わしらの生活費の為に振り込まれた金だぞ。
個人的なわしの給料の一部も、含まれているんだ。何がなんでも、引き出す」
冬越しする金が無いどころか、明日食べる物もないのは、由々しい事態である。
「早速、山を下りよう。
アレク、お前は村へ行って、若い娘の着る服を、一着借りて来るのだ」
「なぜ、そんな物を…」
「お前なら、ショールで髪を隠せば、年頃の娘に見えん事もない。
待って居ろ。今、金銭受け取り代理人の委任状を書くから」
「委任状があっても、僕の身元が不明じゃ、意味ないでしょう。
大体、僕だって、今年でもう十五歳なんですよ。
サガに弟子入りした子供の頃ならともかく、女装してばれないとでも思うんですか」
「なに、内股で歩いて、裏声でしゃべってれば、五分や十分は…」
「そんなバカな真似が出来ますか」
アレクは、怒った。
「何んだと。わしが女装しても、変なおばはんになるだけじゃないか。お前の方がましだ」
「そんな肩幅の女の人は居ませんよ」
しばらく、黙っていたが、ふいにアレクは言った。
「本当は、サガ、女装が好きなんでしょう」
「うっ…」
わしは、口ごもってしまった。
「したいなら、止めませんけど、僕を巻き込まないでください」
「わしはただ、変装が好きなだけだ。特に女装が好きという訳では…」
しばらく思案してから、私は提案した。
「とりあえず、現金の受け取りは、一時的に、身元の確かな人物に頼んで、今後の事は、それから考えよう」

金の受け取りは、バシクに頼んだ。
適当な理由をつけて、彼宛に振り込んでもらったのだが、そう何度も、迷惑をかける訳にはいかない。
「冬が来る前に、ここを離れる」
私は、断言した。
「お前も、そのつもりで居てくれ」
「分かりました」
アレクは、割と冷静だった。
確かに、こんな事情で、予定を早めるのは、不本意だったのだが、どちらにしても、来年の年明けに、ある程度雪が溶けて、道が通れる様になったら、帰国する予定だったのだ。
「親しい友達には、今の内に挨拶をしておいた方がいい。
ギリシャに戻ってからの連絡先は、ここだ。
聖域を通したくない私信は、こっちに送ってもらえ」
住所を書いた紙を渡すと、アレクはけげんな表情をした。
「サガの自宅なんですか?名前が違うけど」
「わしの自宅は、弟が仕事場に使っているはずだが、五年近く空けているから、今でもそのままかどうか、分からない。
それは、クリスの家だが、わしは大体、自宅よりそこに居る方が、多かったし、今でも確実に連絡が取れるからな」
「電話番号まで、教えてしまっていいの」
「別にかまわん。連絡がつかなければ、聖域に転送される」
「…て言うか、この村、電話ないし。迷惑がかかるかも知れないし」
「そうだな。時差の事は、考えてもらわないと…」
「そういう話をしてるんじゃ、ないんですけど」

どの道、帰るにしても、無一文では心許ない。
最近、下の村まで電気と電話線が引かれたので、アレクには、一人で修行している様に言いつけて、山道を下った。
コレクトコールでかけると(聖域も金持ちになったものだ)しばらく間を置いて、クリスが出た。
先月、バシク宛に送金してもらった時、話したが、声を聞くと、やっぱり嬉しい。
「そっちの口座は、こちらから回収して撤退出来るわ。
でも、タマル・バシクさん宛に送金するのは、もう無理ね。
次は、どうすればいい?」
きびきびした口調を聞いていると、安心した。
「聖域に戻る」
私は、言った。
「十月には、ここを離れる。パスポートと航空券、どうにかならないかな」
電話の向こうで、クリスは暫く黙った。
二、三秒してから、また、声が聞こえた。
「うれしい。やっと会えるんだ」
何か、こちらも言おうと思ったのに、クリスはすぐに冷静な声になった。
「やってみるけど、パスポートはむつかしいと思うわ。
タツミさんと連絡が取れれば、ブラックマーケットにも、顔が利くんだけど、グラード財団でトラブルがあったらしくて、さおりちゃんも彼も、捕まらないの」
やはり、辰巳は、そういうヤバい人だったらしい。
ロレンツォ・タリオーニのパスポートを入手したのも、多分彼だろう。
「オンライン化されてれば、あたしでも何とか出来るのに…。
未だに紙の上の書類だけで処理してるんじゃ、手出し出来ないわ。
つながってれば、核ミサイルボタンのロックだって、外してみせるんだけど」
「おそろしい事を、さらっと言うなよ」
あんな物を操作されたら、聖闘士でもやばい。
ネットワークがつながっている限り、どうやらクリスの方が強いみたいなので、私はちょっと、恐怖した。
「国外まで出てくれれば、何とかなるかも。
ブータンとチベットは、接触しにくいから、ネパールまで…」
「分かった」
陸路の移動なら、問題はない。
「ここを出る時か、最悪でもネパールまで脱出したら、また、連絡する。
元気でな、早く会いたい」
「待って、十月までの生活費と、ネパールまでの旅費は?」
「送れるなら、たのむ。無理なら、必要ない。どうにかなる」
「分かった。本当は、送るの無理なんだ。ごめん、早く帰って来て」
「今年中には帰る」
電話の持ち主の、商店のオヤジが、早く切って欲しそうな表情をした。
孫らしい子供が、足元にじゃれついて来たので、そろそろ潮時だった。
「済まん、もう切る」
「うん」
電話の持ち主に、礼を言って、請求された、市外通話程度の金を渡して、帰路に就いた。
どうも、ここのオヤジは、コレクトコールの意味が分かってないらしかったが、国際電話の料金も知らない様子なのが、不幸中の幸いだった。
小銭を渡して、財布を見ると、すでに、大して金額の大きくないお札が一枚と、後はじゃら銭しか、残っていない。
身元が分かる様なカードも入っていなくて、この間バシクがくれた、財布に入れておくと、お金が増えるという言い伝えのある、脱皮した蛇の抜け殻の切れ端が、かさかさ言っているだけである。
食料品を買ったら、残りはこれだけになってしまった。
最近、物価が高すぎると思う。
「ふっ…平気さ。昔、教皇(ニセモノ)してた頃は、ずっと貧乏だったじゃないか。
お金がないくらい、別に…」
山道をさくさく登りながら、焚付けに出来そうな小枝が落ちていると、つい、習慣で拾ってしまう。
「でも、食べるのに困った事は、ないけど…」
山道を、物を拾いながら、独り言をつぶやいて歩いている姿は、さすがに自分でも、ちょっと危ないと思ったので、無言でさっさと帰る事にした。
旅費は、自分でどうにかするしか、なさそうだ。

「仕方がない。これを売り飛ばそう」
クリスに持たされた指輪を出すと、アレクは顔色を変えた。
「こんな時の為に、貸してくれたんだ」
「借り物だったんですか」
「大丈夫だ。帰ってから、新しいのを買って返せば済む。
ただちょっと、定期を解約して、泣いて謝れば…」
「これは、売ってはだめです」
指輪を、手に取って、しげしげ見てから、アレクは言った。
「骨董品としては、価値のある指輪ですよ。
たぶん、ドイツかオーストリア辺りで、何代も大事にして来た品物です。
この辺りで売ってしまったら、はまってるルビーと、台座の金だけの値段しか付きません。
絶対に、手放してはだめです」
てっきり、クリスが買った品物だと思っていたので、少し驚いた。
父親がドイツ人だと言っていたので、たぶん、大事な娘に持たせてやった、先祖代々の品なのだろう。
「そんな、大事な物を貸してくれるなんて…。クリスはやっぱり、わしの事を愛してくれているんだ…」
「こんな、物の値打ちが分からない人に貸すなんて…。けっこう、うかつな人なんだ…」
アレクは、他人の感動に、水をさした。
「いや…、それくらい大ざっぱでないと、サガとはやってけないんだろうな」
「お前、わしらの愛情について、何か疑問でもあるのか」
「パクチィさんの事は、黙っててあげますから…」
私は、急速に黙り込んだ。
「しかしな…、売ってはだめだと云うなら、他にいい考えがあるのか?」
「働きましょう」
アレクは、言った。
「何か、労働をして、お金をもらうんです」
「なるほど!!」
私は、はたと手を打った。
「お金がない時は、働けばいいんだ。名案だぞ、アレク」
「当たり前の事なんですけどね」
アレクは、ぼやいた。

確かに、名案は名案なのだが、地元の人間でも、不景気で仕事がないのに、不法滞在の外人と、身元が知れるとヤバイ子供に、何の仕事が出来るだろう。
「くそう…政情が安定していて、観光客がたくさん居れば、登山客相手に、通訳兼荷物持ち兼ガイドとして、荒稼ぎ出来たのに。
軍人や警官を山ほど配置している金があったら、観光客を呼んで、ツーリストポリスを作らんか」
「ツーリストポリスって、ギリシャだけの制度じゃないんですか?」
アレクは、言った。
「そんなのあったら、僕ら真っ先に捕まりそう…」
大体、政情が安定していたら、仕送りだって届くのだ。
取り乱して、奇妙な事を口走っているとは、我ながら危ない。
とにかく、何か現金の稼げる仕事はないだろうか…と、バシクに相談すると、次の猟に、一緒に連れて行ってやると言った。
「稼ぎは、頭数で割るけど、ええな」
そういうのは、こちらは何も分からないし、任せる事にした。
「急にどうしたんだ、サガ。おめーん所の拳法道場、つぶれたのか」
五年近くここに住んでいて、バシクとは、名前で呼び合う様な友達になっていたが、聖域の事や、聖闘士の事は、何も話していなかった。
「いや…、そうじゃないが、ここまで送る事が出来ない」
「そうか、いっそ村に居着いて、猟師になっちまえや。パクチィは逃げちまったが、また、いい娘が居るかも知んねぇし」
「実は、今年中に、国へ帰る事になった」
バシクは、少し目を丸くした。
「来年まで居るつもりだったが、冬ごもりする余裕がない。
ここでは、旅費が受け取れないので、隣国まで移動する金が欲しい」
バシクは、暫く黙っていたが、うなずいた。
「おめーも、色々苦労があるだな」
「いざとなれば、どうにでもなるさ」
「ギリシャちうのは、遠い国なんかね」
バシクは、ふいに、そんな事を聞いた。
今まで、故郷の事なんか、訊ねられた事もなかったので、少し意外だった。
「遠いよ。地球を、四分の一近くは、回った所かな…。
ここよりずっと北にあるけど、海沿いで、暖かくて過ごしやすい所だ」
「海は、見た事ないわ」
バシクは、つぶやいた。
「そんな遠くへ行くんじゃ、もう、二度と会えねぇな。
淋しくなるで…」
その時、気が付いたのだけれど、聖域とも聖闘士とも、全く関係のない人間と友達になったのは、これが初めてだったのだ。
そうして、二度と会えないかも知れないと云うのも、あながち間違いではない。
故郷に帰れるのは、嬉しかったが、何年も慣れ親しんだ場所を離れるのは、それなりに辛い事なのだなぁ…と、思った。
「あの子は、連れて帰るんかね」
「うん」
「そうか。その方が、幸せかもな」
バシクが、何やらしみじみと言ったので、私は、今まで聞けなかった事を、思い切って聞いてみようと思った。
「あいつが、本当は誰なのか、知っていたのか?」
バシクは、しばらく答えないで黙っていたが、うなずいた。
「アレクっちうのは、ありふれた名前だけど、あんな、育ちの良さそうな子は、めったにおらんで…。シーマ殿下だって、すぐに分かったよ」
自国の皇太子の顔も知らないで、のん気な人達だなぁ…と、思っていたが、実際にのん気者なのは、私の方だった様だ。
「反対した者も居たけどな。
おめーが、悪い目的で、あの子を連れているのでない事は、五年も見ていれば、分かるからな。
遠い国で、拳法の先生か何かになれるんなら、見て見ないふりをしようと、決めたんだわ」
「そうか、済まん」
本当の事を話さないで居るのは、ひどく心が痛んだ。
しかし、詳しい事情を知っていたら、何かあった時に、かえって迷惑をかけるだろう。
「もしも、万が一だが…」
こんな話は、したくなかったが、村の皆の安全を考えると、しない訳にはいかなかった。
「軍や公安が、この場所を発見したら、わしがシーマ殿下を、誘拐して軟禁していたと、そう言ってくれ」
バシクは、少しむっとした表情をした。
「幸い、ここと村は、適度に離れている。
わしと、ここに居た間のアレクについては、知っている事は話してもいい。
あの手の連中は、素人の偽証は、即座に見抜く。
ただ、わしらが、村の人間と親密に付き合っていた事は、絶対知られないでくれ。
必要なら、脅されて、見て見ぬ振りをしていたと言ってもかまわん」
「そんな話は、したくねぇ」
「わしは、どんな状況になっても、自分の身くらいは守れるし、アレクにも、もう、それが出来る。
だが、ここを離れてしまったら、村の皆に、どんな迷惑をかけても、何の手出しも出来ない。
だから、言われた通りにしてくれ」
「そんな事には、なりたくねぇな」
おそらく、死んだはずの王子を探索している様な、暇な人間は、居ないだろう。
私は、万が一の話をしているつもりだった。
しかし、いつもの事だが、私の考えは、けっこう甘かったのだ。

動物を殺すのは、いい気分ではなかった。
私は、狩猟には向いていないと思う。
猟銃は、一度撃たせてもらって、全然当たらないと分かったので、標的を追い込んで足止めするのと、荷物運びを引き受けた。
死んだ動物は、かわいそうだと思ったが、もらって帰った肉は、うまかった。
最近、貧しい食生活を送っていたせいか、鍋にたっぷりお肉を入れて、野菜とうどんを煮込むと、しみじみ感動するくらい、うまかった。
下の村までおりて、何かバイトをしていたらしいアレクは、久しぶりに豪華な晩御飯を見つけて、ふやけた表情になっていた。
しかし、食生活は、一瞬豊かだったのだが、猟師はあんまり儲からなかった。
毛皮が高く売れる獲物がないと、現金収入としては、少々厳しい。
お肉を食って、馬力はつけたので、とりあえず金は貯まらなかったが、山を下りて移動を開始しようか…と、考え始めていた頃、いきなり、ずっと忘れていた男が、現れた。

「軍人らしい男が、先生を捜してる。逃げた方がええぞ」
シンリーが、突然そんな事を言いに来たので、私は驚いた。
アレクならともかく、私なんか捜しても、一文の得にもならない。
「もう、下の村まで来てるから、早く隠れた方がええだよ。
髪の長い、白人の中年男を捜してたから、絶対先生の事だ」
「そんな男は、世の中には掃いて捨てる程…」
言いかけて、はたと気付いたのだが、確かにいい年をして、長髪にしている白人の中年男は、世界中には山ほど居るだろうが、この近所には、私しか居ないのだ。
「うーん、まいったな…」
目的はアレクなのだろうが、外見から言えば、私の方が、この国ではずっと、捜しやすい。
「そいつは、こっちへ向かってるのか?」
一応、聞いてみた。
「知らねぇけど、先生を捜してるなら、ここへ来るだろ。
他には、人の住んでる場所は、どこにもねぇし」
まずい事になった、と、思った。
「十人くらいで、人捜しにしちゃ、ずいぶん重装備だったよ。ゲリラ狩りだって、あんなに武器は持ち歩かねぇわ」
何んだかどんどん、いやな予感がして来た。
単なる、怪しい外人一人捕まえるのに、重装備の軍人十人が必要だろうか。
アレクの身元が知れていて、この村の人間も、彼を守る為に武装していると想定すれば、その程度の戦力は、派遣されるかも知れない。
そういうのは、絶対まずい。
「短い間だったが、村の皆と付き合えて、楽しかったよ。
お前ん家の、次の子供の顔も見ないで、ここから去るのは心残りだが、仕方ない。わしらは逃げる。
もし、軍の人間が来て、何か聞かれたら、山に住んでいた変な外人とは、恐いから近所付き合いはしてなかったと言ってくれ。
皆には、本当に世話になった。ありがとう」
シンリーは、何をうわごとを言っているんだ…という顔をした。
「先生、冬が来るくらいまでは、ここに居るんじゃなかったのか?
大体、うちの子は、おととい生まれたで」
「それはめでたい」
「異常に元気な男の子だから、先生の名前をもらってええかな?」
「いか〜ん!!ろくな大人にならんぞ。
もっと、まっとうな人生を歩める名前にするんだ」
「ええんだよ。まともでなくても、たくましく頑丈に育ちさえすれば」
「アバウトな親だな、お前。五人も六人も居るならともかく、まだ二人目なんだから、もうちょっと将来の展望に気合い入れろよ」
「先生くらい頑丈なら、なんも考えんでも、体力だけで生きて行けるで、人生楽勝だわや」
「力押しで生きてると、ろくな事ないぞ」
「そうか、ならやめる」
シンリーは、あっさり諦めて、立ち去った。
「ええか、国に帰るんなら、その前に、皆に挨拶して、送別会の一つも、やらせるんだぞ」
だから、今、そういう話をしているんだ…と、思ったが、とりあえず、事の真偽と状況を確かめるのが、先だった。
ところで、シンリーと別れてから、思い当たったのだが、もう一つの可能性があった。
十人がかりで、重武装した軍人が、一人や二人の人間を、追跡しているとしたら、別の状況も、考えられる。
私とアレクが、人外の戦闘力を持った聖闘士だという事を、ある程度理解している場合だ。
そうして、そんな事を理解していそうな軍人の心当たりは、一人しか無かった。

《つづく》